「苦渋…」妊婦死産 搬送の救急隊員語る
約一年前の奈良県の妊婦が収容先の病院がなかなか決まらず、脳内出血でなくなった”事件”から、同じ奈良県でまた妊婦が言わば、たらい回しにあって、子供が流産するという痛ましいことが起こってしまいました。
あるいは、千葉県でも16箇所ほどの病院に妊婦を乗せた救急車が断られ、搬送に時間がかかる事案も発生しています。
医師の研修制度の変化で研修医不足が招いた、病院の医師不足が原因といわれています。
地方の病院では産科医が不足して、お産さえままならない事態が発生していることは、新聞やニュース等で盛んに取り上げられているのご存知の方も多いはずです。
日本では昭和32年に始まった救急制度は昭和40年代後半から昭和50年にかけて救急病院の整備が進み、現在の1次(入院を要しない患者さんがかかる病院)から3次病院(救命救急センター)の高度な救急医療システムへと発展してきたのですが、この過程には現在問題となっている、たらい回しと同じことが起こり大切な命が犠牲になったことが契機となりました。
このような痛ましい事実を教訓として発展してきた日本の救急システムは、今回の医師の研修制度が始まる数年前から徐々に昭和の時代の救急システムに戻りつつあると、とある救急救命士に聞いたことがあります。
たらい回しは、何も産科に始まったことではないようです。ほかの診療科目においても今回のようなたらい回しは起こっていると消防の現場サイドは感じているようです。
そう感じさせる原因は何なんでしょうか?
そのひとつは、細分化された診療科目にあるようです。例えば、中学生の腹痛は何科に搬送するでしょうか?
一般的に15歳以上は内科、14歳までは小児科といわれています。しかし、現場病院サイドでは15才になっても、中学生は(つまり3月31日まで)は、小児科で受診してほしいという内科の病院があって、救急搬送を断る病院があるようです。
はたまた、交通事故で右腕を打撲した患者さんの搬送を、整形外科がないから断る病院もあります。
また、赤ちゃんが家の石油ストーブの灯油をなめていたという事案では、小児科ではほぼ100%収容を断ります。となると、外科、あるいは内科に救急隊は連絡するらしいですが、よっぽどでない限り一般の救急病院(2次病院)では、収容してもらえないとぼやいていました。では、どこに運ぶのでしょうか?
こうなると運ぶところは救命救急センターしかないらしいです。それも、何箇所も断られたこと、搬送する病院がもうないことなどを担当のドクターに話して頼み込むらしいです。、ほとんど泣きつきですね。
これらのことは、何をいわんとしているかというと、収容する医師側の専門性が高まって、自分の専門以外は見たくない、あるいはみないとする医師が増えたことによります。
また、問題は医療側だけではありません。患者側にも問題があります。
今までは専門外でも見てくれていた医師がたくさんいました。あくまでも応急処置で、明日はちゃんと専門の医師に診察してください!ということでみてあげたのに、状態がいいからと専門医を受診せず、悪化したら病院を訴えたり、苦情を言ったり。患者側の権利意識の変化、訴訟社会を迎えて良かれと思って診察したことが、訴訟沙汰になったりしてもう、うんざりなんてことになっているようです。
今回の流産になった患者さんは2度目の流産と聞いています。それにもかかわらず、一度も産婦人科の受診をしていないというのはどういうことなのでしょうか?
かかりつけ医がいれば奈良県の産科医療システムのスイッチが入って少しは早く病院を見つけられたかもしれないと、県の担当者が言っていました。
そのシステムも問題がないわけではありませんが.....。
このままでは昭和の救急医療システムが始まったころの時代に戻っていきそうな危険性を感じずに入られません。
約一年前の奈良県の妊婦が収容先の病院がなかなか決まらず、脳内出血でなくなった”事件”から、同じ奈良県でまた妊婦が言わば、たらい回しにあって、子供が流産するという痛ましいことが起こってしまいました。
あるいは、千葉県でも16箇所ほどの病院に妊婦を乗せた救急車が断られ、搬送に時間がかかる事案も発生しています。
医師の研修制度の変化で研修医不足が招いた、病院の医師不足が原因といわれています。
地方の病院では産科医が不足して、お産さえままならない事態が発生していることは、新聞やニュース等で盛んに取り上げられているのご存知の方も多いはずです。
日本では昭和32年に始まった救急制度は昭和40年代後半から昭和50年にかけて救急病院の整備が進み、現在の1次(入院を要しない患者さんがかかる病院)から3次病院(救命救急センター)の高度な救急医療システムへと発展してきたのですが、この過程には現在問題となっている、たらい回しと同じことが起こり大切な命が犠牲になったことが契機となりました。
このような痛ましい事実を教訓として発展してきた日本の救急システムは、今回の医師の研修制度が始まる数年前から徐々に昭和の時代の救急システムに戻りつつあると、とある救急救命士に聞いたことがあります。
たらい回しは、何も産科に始まったことではないようです。ほかの診療科目においても今回のようなたらい回しは起こっていると消防の現場サイドは感じているようです。
そう感じさせる原因は何なんでしょうか?
そのひとつは、細分化された診療科目にあるようです。例えば、中学生の腹痛は何科に搬送するでしょうか?
一般的に15歳以上は内科、14歳までは小児科といわれています。しかし、現場病院サイドでは15才になっても、中学生は(つまり3月31日まで)は、小児科で受診してほしいという内科の病院があって、救急搬送を断る病院があるようです。
はたまた、交通事故で右腕を打撲した患者さんの搬送を、整形外科がないから断る病院もあります。
また、赤ちゃんが家の石油ストーブの灯油をなめていたという事案では、小児科ではほぼ100%収容を断ります。となると、外科、あるいは内科に救急隊は連絡するらしいですが、よっぽどでない限り一般の救急病院(2次病院)では、収容してもらえないとぼやいていました。では、どこに運ぶのでしょうか?
こうなると運ぶところは救命救急センターしかないらしいです。それも、何箇所も断られたこと、搬送する病院がもうないことなどを担当のドクターに話して頼み込むらしいです。、ほとんど泣きつきですね。
これらのことは、何をいわんとしているかというと、収容する医師側の専門性が高まって、自分の専門以外は見たくない、あるいはみないとする医師が増えたことによります。
また、問題は医療側だけではありません。患者側にも問題があります。
今までは専門外でも見てくれていた医師がたくさんいました。あくまでも応急処置で、明日はちゃんと専門の医師に診察してください!ということでみてあげたのに、状態がいいからと専門医を受診せず、悪化したら病院を訴えたり、苦情を言ったり。患者側の権利意識の変化、訴訟社会を迎えて良かれと思って診察したことが、訴訟沙汰になったりしてもう、うんざりなんてことになっているようです。
今回の流産になった患者さんは2度目の流産と聞いています。それにもかかわらず、一度も産婦人科の受診をしていないというのはどういうことなのでしょうか?
かかりつけ医がいれば奈良県の産科医療システムのスイッチが入って少しは早く病院を見つけられたかもしれないと、県の担当者が言っていました。
そのシステムも問題がないわけではありませんが.....。
このままでは昭和の救急医療システムが始まったころの時代に戻っていきそうな危険性を感じずに入られません。
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